ニュートンの生涯と理論|1分動画とブログで解説

ニュートン 自然科学
ニュートンってどんな法則を発見したの? ニュートンってどんな生涯を歩んだの? ニュートンが錯乱してたって本当? 科学ってなんだか難しそうだな…

こういった疑問に物理学修士の筆者が答えます。

結論

ニュートンが生み出した有名な理論に、「微積分法」、「万有引力の法則」、「光の理論」というものがあります。詳細は本記事にて解説します。

本記事の内容

ニュートンの生涯

少年期

ニュートン少年期

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ニュートンの生涯〜少年期〜##物理 ##tiktok教室

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ガリレオ・ガリレイが死んだ年、1642年ニュートンは、ロンドンから北へ170kmほどのウールスソープという農村で生まれました。
未熟児で生まれたニュートンは、「この子は大人まで生きられないだろう」と両親から心配されるほどでした。
当時の平均寿命は40才にも満たなかったのに、ニュートンは84歳まで生きました。
父親を3歳で亡くし、母親は再婚相手と暮らしたため、幼少期は祖母に育てられます。

母親はニュートンを捨てたのではなく、お金を工面するために再婚したようです。

12歳の時、薬剤師の家に下宿していたニュートンは、薬の調合を覚え、何かあっても医者にはいかず、自分薬を作って飲んでいました。
その後母親の再婚相手が死に、彼女はニュートンに農業をさせるために呼び戻します。しかしニュートンは農業にまったく興味を示さず、本や水車作りに熱中していたため、飼っていいた羊を逃がしまくってました。

青年期

ニュートン青年期

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ニュートンの生涯〜驚異の諸年〜##物理 ##tiktok教室

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ニュートンが農業に向いていないと感じた母親は、ニュートンをケンブリッジ大学へ進学させます。
1661年ニュートンが18歳のころ、大学ではアリストテレスのような古典的な思想を学びましたが、すごく退屈だったようで、ガリレオやデカルトのような当時最先端の本を好んで読み漁りました。
ニュートンがケンブリッジ大学に入って驚いたのは、賭博、痛飲、女色に連中の乱行ぶりでした。王政復古後の道徳の荒廃が伺えます。ニュートンはそういった乱行には関わず、勉学に励みました。

1665年ニュートンが22才のころ、ヨーロッパでペストが大流行して、大学が閉鎖になります。
1年半の間、ニュートンは実家のウールスソープに帰り、研究に集中します。
この1年半こそが「驚異の諸年」と呼ばれる、「微積分法」、「万有引力」、「光の理論」といった有名な新理論を次々と打ち立てた期間となるのです。

りんごが落ちるのをみて万有引力を閃いたという話は、ニュートン以外の人の記録に残っている話であり、嘘か本当かは定かではありません。
ニュートンは30代から40代にかけて錬金術の研究に没頭し、65万語という膨大な原稿を書き残しました。

晩年期

ニュートン晩年期

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錯乱するニュートン##物理 ##tiktok教室

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1689年ニュートンが45歳のころ、ケンブリッジ大学を代表とする国会議員に選ばれます。
しかし、国会議員の任期終了後は、再選の見込みもなく、新しい職が見つかりませんでした。
そこでニュートンは鬱になります。「職が見つからないのは周りがちゃんと協力しないからだ」と思うだけでなく、「友人が女や官職売買(男爵などの位を金で売ること)を使って罠にかけようとしてくる」などの被害妄想を抱き、その旨を手紙に書いて友人へ送りつけました。
その後鬱が回復したニュートンは、1703年(60歳のころ)、王立協会の会長に選ばれます。
そこでは独裁者となり、ロバート・フック(フックの法則で有名な人)の肖像画や発明品を次々に捨てていき、さらに初代イングランド王室天文官フラムスティードの天体観測データを勝手に使って、無許可で本を出版するなどやりたい放題でした
そして1727年、ニュートンは84歳で亡くなりました。晩年はやりたい放題だったニュートンも、本を執筆するなど、最後まで科学への興味は忘れなかったようです。

ニュートンが王立協会の会長に選ばれて、イギリス科学は100年遅れたと言われています。

ニュートンの3つの理論

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中学生でもわかるニュートンの3つの理論##物理 ##tiktok教室

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1.微積分法

微分法

微分法の説明

上写真の赤線のように大砲の玉が放物線を描いてどこに落ちるかは、ニュートン以前のガリレオの時代からわかってました。さらにニュートンは微分法を使って、上写真青線のように大砲の進行方向が時間と共にどのように変化するか求めることができました

積分法

積分法の説明

上写真左のような円柱の体積であれば小学生でも簡単に求められますが、上写真右の樽のような歪曲した立体の体積を求めることは困難でした。ニュートンの積分法を使えば、このような体積を求めることができます

2.万有引力の法則

万有引力の説明

上写真のようにりんごと地球はお互いに引っ張り合っていて、その力の強さはリンゴと地球の質量に比例し、距離(の2乗)に反比例するという理論です。
この理論で地球が太陽を回る理由がわかりました

ニュートン以前のケプラーは磁気の影響で地球が太陽を回っているとしました。しかし、ニュートンは太陽のような高温のモノが磁性を持つのはおかしいと否定していました。

3.光の理論

光の理論の説明

太陽の白い光はいろんな色の集まりであるという理論です。
当時は、プリズム(光を屈折させたりする結晶)自体がいろんな光を作り出しているとされていました。しかし、ニュートンは白い光にいろんな色が混ざっていて、プリズムに通すと屈折角の違いで、白い光がいろんな色に分解されているということを証明しました。
上写真では太陽の光をプリズムによって7色に分解している様子を表しています。

参考文献について知りたい方は

プリンキピアを読む ニュートンはいかにして「万有引力」を証明したのか? (ブルーバックス)

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