ラヴォアジエの生涯|錬金術を科学に進化させた男

ラヴォアジエの生涯|錬金術を科学に進化させた男 化学
ラヴォアジエの生涯|錬金術を科学に進化させた男

「ラヴォアジエって誰? ラヴォアジエの生涯を知りたい。 ラヴォアジエの質量保存則や? 物理学って何だか難しそうだな…」

こういった疑問に物理学修士の筆者が答えます。

結論

アントワーヌ・ラヴォアジエ(1743~1794)は質量保存則や酸素仮説が有名で、錬金術(卑金属を金に変えることを目的とする、今では不可能だとわかっている学問)を科学へ発展させた「近代科学の父」と呼ばれています。詳細は本記事にて解説します。

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本記事の内容

ラヴォアジエの生涯

ラボアジエの生涯

パリの貴族家庭で生まれたアントワーヌ・ラヴォアジエ(1743~1794)、パリ大学に進学し、弁護士の資格を取って弁護士になりますが、後に徴税請負人という高級財務官僚になります。そのかたわら、ラヴォアジエは実家と本業の両方から得た資産を実験器具に注ぎ込み研究に励みました
ラヴォアジエは28歳の時、13歳(15歳年下)大富豪(徴税請負組合長)の娘マリー・アンヌと結婚します。ラヴォアジエの指導や、ラヴォアジエの元に集まる一流の科学者たちによって、マリーはラヴォアジエの科学実験をサポートできるようになりまし。それだけでなく、語学の苦手なラヴォアジエのために、ラテン語、英語、イタリア語を身につけました。
ラヴォアジエはその後、31歳で「精密な定量実験により、化学反応の前後では質量は変わらないという質量保存の法則」を発見しました。それでけでなく、「空気には酸素が含まれ、燃焼とは、可燃性物質が酸素と結合することによって起こる現象」であることを示した酸素仮説を提唱しました。ラヴォアジエはこのような功績から「近代化学の父」と呼ばれています。
しかし、裕福で何不自由な く生活を送っていたラヴォアジエですが、フランス革命の時代だったこともあり、民衆は王族に続いて徴税請負人にも牙を向けました。というのも微積請負人は一般人から税金を取り立てる仕事をしていたため、恨みを買っていたのです。
ラヴォアジエとマリー・アンヌの父は「不正な取り立てをした」と因縁をつけれたため、自ら出頭して牢屋に入れられます。ラヴォアジエは獄中で処刑の前夜まで収支決算書を作り、無罪を主張しようとしました。また妻マリーも弁護できる立場にあったフランス学士院に掛け合いますが、保身のためか救出のために誰も動かず、結局2人の処刑は執行されてしまいました。その後は、マリーの財産を全て没収され、彼女自身も収容所に入れられますが、テルミドール九日(フランス革命を指導した勢力と対立した勢力のクーデター)を迎え、マリーは助かりました。さらにマリーは家屋敷などの不動産や亡き夫の本、家具、実験装置の返還などを要求し、自らの手に取り戻しました。

ラヴォアジエの研究

当時は、燃焼は「フロギストン」と呼ばれる物質が空気中に出ていくこと、という説が主流だったのでした。例えば木はフロギストンと灰からできており、木に火をつけると、フロギストンを開放し続け、最後に灰が残るとされていました。しかしラヴォアジエはリンや硫黄を燃やすと物体は重くなっていることや、実験容器を開けると、スーと空気が流入される音を聞いたことから、物体は何らかの気体を吸収することで燃焼すると理論だてて、実験で証明しました。しかし、そんなラヴォアジエでも「光」と「熱」を元素として扱い、元素表に入れるなど、間違った理論も提唱しているのです。

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