【簡単】哲学史|有名哲学者10選

哲学史|有名哲学者10選 哲学
【簡単】哲学史|有名哲学者10選

「哲学史について知りたい。 哲学ってどんなものがあるの? 哲学って何だか難しそうだな…」

こういった疑問に経営学修士(MBA)の筆者が答えます。

結論

哲学の起源は紀元前の時代に、人類が神話から脱却した頃から始めったと言われており、現代も発展し続けています。詳細は本記事にて解説します。

本記事の参考文献

本記事の内容

哲学史

哲学史

哲学史は大きく分けて古代哲学、近世哲学、近代哲学、現代哲学に分けることができます。それぞれの詳細は解説します。

古代哲学

古代哲学

哲学誕生前、あらゆる国の人々は神話(世界の起源と生成の物語)を持っていました。B.C.800年頃にギリシャで誕生したはポリス(都市国家)では、異なる文明が異なる文化、宗教、言語、神話の人の共存が始まります。しかし、誰も自分たちの神話こそ正しいとは証明できませんでした。そんな中、タレス(B.C.624-546)という哲学者が生まれます。タレスは万物の根源は水であると考え、物語で世界を説明する神話から脱却しようとします。このように最初の哲学者たちは火や水に注目し、世界の根源について考えました。ちなみにタレスとピタゴラスの定理で有名なピタゴラス(BC582~496)は宗教団体を設立し「万物は数によって成り立っている」と理論を弟子とともに普及しました。その後、ギリシャではプロタゴラスの価値相対主義が流行りました。価値相対主義とは、人によって暑いとか寒いというような感覚や、雷は神様が怒っているのだといった神話まで、全然違うようねという思想で、当時の政治家たちは価値相対主義を多用していました。
その価値相対主知に異議を唱えたのが、ソクラテス(B.C470-399)です。ソクラテスは「何でもかんでも価値感の違いではやばいだろ」と考え、対話によって何が正しいかをお互いに確認しあい真理に近づいていくという問答法を確立して、哲学にイノベーションを起こします。ちなみにソクラテス自身は著書を1冊も残しておらず、弟子プラトン(B.C.427-347)がソクラテスの言動をまとめました。さらにプラトンはイデア論を提唱します。イデア論とは例えば人は、少し変形した三角形の物をみても、三角形と思うことができます。じゃあなぜ人はそれを見て三角形に見えるのかというと、イデア(別世界にある究極の理想な存在)と目の前にある三角形と照らし合わせてみているから、いびつな三角形でも三角形といえるのだとしたのです。他にもプラトンはなぜ赤は赤に見えるのかやなぜ善というものが存在するのかという問いに対して、すべてイデアと目の前にある現象を照らし合わせてるからとしました。
ところが、プラトンの弟子のアリストテレスはイデア論を否定します。例えばイデアは不変のものに対して世の中のものは運動や変化を伴います。この運動や変化をイデア論ではうまく説明できないのです。アリストテレスはプラトンを否定しただけでなく、形而上学という目に見えず、経験できない問いの推論などを行う学問を作り上げたりしました。形而上学とは例えば宇宙の始まりの推論はビッグバン仮説、神による創造説、ウパニシャッド哲学(全ては輪廻の繰り返し)という3つの類型があるように、認識できないものを推論で展開していく学問なのです。

近世哲学

近世哲学

その後、5世紀から13世紀ごろまではキリスト教の権力が強くなったことにより、「真理を追求するのは人の仕事ではない、真理は神によって司られており、それを民衆に示すのは神と対話できる聖職者だけである」という教えが厳守され、学問が衰退していきます。
やがてキリスト教の権力は弱体化し、30年戦争という、カトリックとプロテスタントが信仰や教義について争っていた時代に現れたのがデカルト(1596-1650)です。デカルトは世の中のあらゆる物を全て疑います。さらにデカルトは聖書や神を出発点とせず、自己を出発点として「哲学の第一原理」を提唱します。 哲学の第一原理とは、身の回りのものが本当にそこにあるのかどうかはわからい、もしかしたらそれらは悪魔が自分に幻覚として見せているだけかもしれない。しかし、それを疑っている自分がいることは間違いないという「我思う故我あり」で有名な理論です。デカルトが近代哲学の第一人者と言われる理由はこの神から自己への転換なのです。
その後、これまでの哲学を180度ひっくり返したといわれるカント(1724-1804)が現れ、「人間はもの自体には到達できない」としました。どういうことかというと、例えば目の前にボールがあるとします。そのボールは人間の五感を通して丸く見える(または感じる)だけで、実際には4次元空間に羽根が生えているかもしれないのです。しかし、人間の5感では四次元空間を認識できません。このように人間は本当にものがどんな形をしているのかわからないのです。そこでカントは「人間には真実はわからないかもしれないけど人間の共通の枠組みがあるはずだ」と考えました。
その後、フランス革命が起き、王政国家から民主国家へ転換したことで、市民が自由と平等を手に入れたのです。そんな時代に弁証法というお互いに意見をぶつけ合って、真理を追求する手法を提唱したのがヘーゲルです。この時代は「時代が進むほど、世界はより良くなっていくんだ」とみんなが信じていたこともあり、ヘーゲルは弁証法を歴史にも当てはめ、「使って時代が進んでいくことで、より理想的な社会を気づくことができるだろう」と考えました。
またヘーゲルは「人間の欲望とは自己の価値を他者に認めてもらうことだ」と述べました。これは今でいう承認欲求で、相手を殺してしまうと自己承認が満たされません。なので、自分の欲望と相手の欲望を両立させるための手段が自由なんだと述べました。

近代・現代哲学

近代・現代哲学

19世紀に入り、自然科学の発展や産業の発展により、現代の国民国家が誕生数と、宗教的権威は弱体化しました。そこで、人が神を信じないとすれば、何のための生きるのかが問題になりました。
そこで「神は死んだ」で有名なニーチェは神は「弱者のルサンチマン(嫉み)」が作り出したと考え、自分の生きる理由や価値は自分で考える超人を提唱しました。(不具合が起きると古い価値に逃げたくなる、それはますます苦しくなる。自分や自分の周りをよくしていく原理がある。)
人々が信仰や権力から自由になると、今度はファシズムの全体主義に熱狂していく、つまり人々は自ら自由を手放し始めたのです。エーリッヒ・フロム(1900-1980)はその理由に、自由であることは耐えがたき孤独と痛烈な責任を伴うと述べています。
さらに、サン=ジェルマン通りの法王と言われているサルトル(1905-1980)は人類は自由の刑に処されていると述べました。例えば「あなたは自由な人生を歩んでいい」と言われ、適当な高校、大学、会社に入社して、結婚はしなかったとします。数十年後あなたは「なんでこんな人生を歩んでいるんだ、もっと違う人生があっただろうに」と後悔するかもしれません。多くの方はそういった公開を全てを自己責任と捉えるように、自由には現在でいう自己責任論がついてまわるのです。また「実在は本質に先立つ」と人間は何者ではないから自由なのだと主張しました。例えばナイフは切るために存在しています。しかし人間は目的が無く生まれ、のちに目的をつくることができるから自由なんだと述べました。

ちなみにサルトルは「いかなる人間も神格化されるべきではない」と述べ、ノーベル賞を辞退しています。また「私は絶望に抵抗しながら希望と共に死ぬだろう」と述べ、ベトナム反戦運動や、アルジェリア独立戦争に参加しました。

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