【簡単】ギロチンとは|歴史や研究を解説

【簡単】ギロチンとは|歴史や研究を解説 自然科学

「ギロチンって何? ギロチンの歴史や研究を知りたい。 ギロチンされた人はどうなるの?  物理学って何だか難しそうだな…」

こういった疑問に物理学修士&MBAの筆者が解説します。

結論

18世紀のフランス革命では、大量に人の首を落とさなくてはいけないことからギロチンはフランスの処刑に導入されました。詳細は本記事にて解説します。

本記事の内容

ギロチンとは

ギロチンとは高い位置にある刃物とその位置エネルギーにより、首を効率よくねる処刑装置です。発明者は不明ですが、内科医で国民議員のジョゼフ・ギヨタンが改良、導入しました。ギロチンはギヨタンの英語読みなのです。

ギロチンの歴史

十八世紀に起こったフランス革命では、大量に人の首を落とさなくてはいけなくなりました。フランス革命を起こした市民たちは、それまでの王侯貴族とは違う、科学的、医学的に苦痛の少ない方法で首を切るための手段を模索した結果、ギロチンが提案されました。ギロチンは「一瞬首がチクっとするだけで痛みはない」とされています。当時は、死刑囚の手足などを鉄の棒でうち砕き、車輪にくくりつけて死亡するまで放置するという車裂きによる 死刑が主流だったので、それに比べればギロチンは人道的でした。また、ギロチンが出てくるまで、160人の死刑執行人と、3400人の助手がいましたが、ギロチンが導入された後、1870年には、執行人は1人、 助手が5人。この6人でフランス全土の死刑を一手に引き受けられたのです。
その後、フランスでは死刑制度が廃止される1981年9月まで、ギロチンによる処刑が行なわれていました。

ギロチンされた人はどうなるか

「近代化学の父」ラボアジエは国民の恨みを買い、ギロチンで処刑されることになります。ラボアジエはただ処刑されるだけでなく「ギロチンで処刑されて、自分の首が落ちた後に意識があるかどうかを見ていてくれ」と周囲に頼みました。ラボアジエは首を切られてから、可能な限りまばたきを続けることで、ギロチンされても人は意識があるのかを検証したのです。その結果、ギロチンで首を切り落とされたラボアジェは、何回かまばたきをしたと語られています。
他にも、同じくフランス革命で処刑されたシャルロット・コルデーはギロチン で首を切られた後に、死刑執行人の助手にその顔を叩かれ、顔は赤くなり、その助手に怒りのまなざしを向けたという逸話もあります。
理論的に人間は、血圧が急に下がると意識を失うため、首を切られた瞬間に意識を失うのですが、実際は首を切られた人にしかわかりません。

ギロチンの研究

1905年に科学者ボーリューは、ある死刑囚が処刑されるとき「首を落とされた後に呼びかけるから、
その時はまばたきをするように」と依頼しました。その死刑囚は、首が落ちてから数秒後に呼び掛けられると、数秒だけ目を開けて、 医師を直視して、また目を閉じたそうです。そして、一度のみならず、二度目の呼び かけにも応じたけれど、三回目以降は目を開かなかった。ただし、筋肉の痙攣なのではないかと異論を唱えている人もいます。
1956年にフランスの議会による実験では、首を切られた人の、瞳孔の反応と条件反射を確認したところ、死後15分程は反応がありました。ただし、瞳孔の反応と条件反射は、意識があることとは別で、あくまでも死んでいるかどうかを見るものです。

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