ファラデーの師匠|デーヴィの生涯を解説

ファラデーの師匠|デーヴィの生涯を解説 自然科学
ファラデーの師匠|デーヴィの生涯を解説

「デーヴィって誰? デーヴィの生涯を知りたい。 デーヴィとファラデーの関係は? 科学って何だか難しそうだな…」

こういった疑問に物理学修士の筆者が答えます。

結論

ハンフリー・デーヴィ(1778-1829)はファラデーの師匠で、「デーヴィの1番の功績はファラデーを発掘したこと」と揶揄されることがあります。詳細は本記事にて解説します。

本記事の参考文献

本記事の内容

デーヴィの生涯

デーヴィの生涯

デーヴィの生涯の生涯の全盛期とファラデーとの出会いをそれぞれ解説します。

全盛期

ハンフリー・デーヴィ(1778-1829)は木彫師の家の長男として生まれました。医者になるつもりで外科医・薬剤師に徒弟奉公をしていたのですが、化学に興味を持つようになります。19歳のときデーヴィは「気体を吸わせて治療に役立てる」ことを目的とする研究所に移ります。当時、亜酸化窒素は吸うと笑ったように顔が引きつることから笑気と呼ばれていました。亜酸化窒素は微量でも体内に入ると猛毒とされていたのですが、デーヴィは窒素酸化物を吸って自らの身体で人体実験をするのです。もちろん中毒になったこともありました。その結果、笑気には鎮痛作用があることを発見、21歳にして化学者として有名になるのです。ちなみに現在の医療用の亜酸化窒素は麻酔に使われています。
当時、科学界はヴォルタの電池の発明が注目されます。デーヴィはその研究に着手し「二種の金属が接触すると、電気が発生するだけでは なく、化学反応が起こる」として電気化学という新分野に関する成果などでロンドンの王立研究所へ招かれます。王立研究所はできたばかりで、英国では初めてプロの科学者を専任スタッフとして持つ研究・教育の機関でとして科学の一般講演を行っていました。しかし、いくら研究に関する実績があってもトーマス・ヤングのように講演の下手な教授は辞めざるをえないという研究所でした。一方、デーヴィの講演は満員御礼の大盛況でした。しかし、デーヴィは研究も続けており、カリウムとナトリウムの分離も成功した時には過労で瀕死の重病になります。心配した彼のファンが研究所の玄関に集まるので1時間ごとにデーヴィの病症が掲示されてようです。
その後デーヴィは功績から、ナイトの称号を授かります。これはニュートン以来の出来事です。デーヴィは生涯で準男爵の爵位までもらっているので実質的にはニュートンを越えました
33歳の頃、デーヴィは未亡人ジェーン・アプリースと結婚します。その後は長期の海外旅行や社交を楽しみ、好きな研究だけするという何不自由のない暗しを送ります。しかし結婚生活は離婚に至らなかったものの2年で別居に至ります。

ファラデーとの出会い

デーヴィが結婚してからしばらくして、製本業の徒弟奉公をしていたファラデーは幸運が重なってデーヴィの実験助手として採用されることになります。そんな頃、デーヴィは電気化学研究がフランスの科学アカデミーに評価され、ナポレオンから賞を受けます。そのため、デーヴィは新婚旅行を兼ねて大陸旅行をします。英仏が戦争中だったので召し使いが同行を拒否し、ファラデーを同行者とします。ファラデーは科学の教育も受けていない下層階級の出身者だったので、ファラデーは実験補助程度にしか思っていませんでした。一方、ファラデーはマンツーマンで科学の教育を受けたので、天性の才能が次第に開花していくのです。
イギリス王立協会会長にはバンクス卿が40年以上の長きにわたって君臨していたのですが、バンクス卿の死去を知り、大陸旅行中だったデーヴィは大急ぎで帰国し、次期会長への立候補を表明します。そして42歳の若さで王立協会会長に就任したのです。この地位はイギリス科学界だけでなく、貴族社会の頂点でもあります。庶民出身で、学歴のないデーヴィがこの地位まで上りつめるのは異例で、デーヴィの野望が達成された瞬間でした。もちろんデーヴィにはナトリウム、マグネシウム、 カリウム、ストロンチウム、バリウム、カルシウムと6種の新元素を発見した上、 他の化学者と共同でヨウ素、ホウ素の合計8種の新元素を発見という、地位にふさわしい業績があります。
次々と目覚ましい業績をあげるファラデーを王立協会会員に推薦する動きが活発化し始めたため、王立協会会長のデーヴィはファラデーを呼びつけて、推薦を辞退するように迫りました。ファラデーがそれを拒否すると、今度は推薦人に推薦を撤回するように説得を始めたのです。そして、ファラデーを王立協会会員に選ぶか否かの会員承認をめぐって無記名投票が行われました。反対票はたったの一票でした。デーヴィの1番の功績はファラデーを発掘したことと揶揄されますが、それくらいファラデーの才能に嫉妬していた可能性があります。
その後、心臓病でデーヴィは50歳で死去します。

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