【簡単】量子力学の父|ボーアの生涯を解説

量子力学の父|ボーアの生涯を解説 量子力学
【簡単】量子力学の父|ボーアの生涯を解説

「ボーアって誰? ボーアの生涯を知りたい。 ボーアってどうしてノーベル賞を取ったの? 物理学って何だか難しそうだな…」

こういった疑問に物理学修士の筆者が答えます。

結論

ニールス・ボーア(1885~1962)は電子が回ることができる軌道は、「とびとびの値」の半径に限られているという仮説を提唱してノーベル賞を取りました。詳細は本記事にて解説します。

本記事の参考文献

本記事の内容

ボーアの生涯

ボーアの生涯

ボーアの生涯の少年時代と研究者時代をそれぞれ解説します。※写真左ボーア/写真右アインシュタイン

少年時代

ニールス・ボーア(1885~1962)はデンマークのコペンハーゲンで、父親はコペンハーゲン大学の生理学の教授(後の学長)、母親は銀行家で国会議員になった重鎮の娘の間に生まれました。またボーアには2歳年下弟がおり、年齢差があったにもかかわらず、小さい頃から成績も運動神経も兄に勝っていました。ちなみに弟はボーアよりも先に博士号を取得して数学者になっているだけでなく、デンマークがオリンピックに出場して銀メダルを獲ったとき、弟はレギュラーでしたがボーアは補欠でした。
ボーアは学生時代に「彼ほど化学実験のガラス器具を壊した学生はいない」と言われるほど不器用で考えをまとめるのが苦手でした。また考えにふける時があり、サッカーのプレイ中やプレゼン中にも我ここにあらずの状態になったのです。
ボーアは中高一貫校で学んだあと、父の勤務先だるコペンハーゲン大学へと入学します。そして金属電子論の論文で博士号を取得した後、原子の構造について興味を持ったボーアは、J・J・トムソンの博士研究員となるため、イギリスに行きます。そして後に「原子物理学の父」アーネスト・ラザフォードのもとに移ることになるのです

研究者時代

そこでボーアは、原子の構造を説明するのに量子論を取り入れたことで、ノーベル物理学賞を受賞しました。
ボーアは30歳で母校コペンハーゲン大学の教授になりました。ボーアの量子論は「前期量子論」と呼ばれるようにまだ完成はしてなかったため、この理論を完成させるには自分一人ではなく多くの優秀な物理学者たちが必要だと考えました。そこでボーアが35歳のときに当時最先端の設備を導入した理論物理学研究所を完成させました。 この研究所の初代所長となったボーアは、開所式での挨拶で「開かれた研究所」 であること、「若い研究者教育機関」であることのふたつを強調しました。そしてボーアは国籍、人種、年齢を問わず、優秀な頭脳を集結させます研究所に集めて、量子論を発展させていきました。ちなみにここの卒業生にはパウリやハイゼンベルクといった量子力学の代表的な科学者がいます。
ちなみにボーアの「討論バトル」の一番有名なのはアインシュタインとの議論でした。「神はサイコロを振らない」という有名なアインシュタインのセリフは、ボーアとの議論中に何度もいいました。それに対してボーアは「しかし神がいかに世界を支配されるべきかを指示することは、われわれの課題ではありません」と言い返したのです。結局、この対決はボーアの勝ちで終わりました。
さらにボーアの「討論バトル」はシュレーディンガーも巻き込みます。シュレーディンガーが波動力学を発表したとき、即座に世界中に受け入れられたのですが、この理論は当初ボーアたちの理論と対立するものと思われました。そこで、ボーアは議論をするために シュレーディンガーを招待して、シュレーディンガーがコペンハーゲン駅に到着したとき、挨拶もそこそこに2人の議論が始まったのです。白熱の議論が早朝から深夜まで続きます。この連日の重圧に耐えられず、シュレーディンガーは熱を出して寝込んでしまいます。シュレーディンガーは後に「もし、波動力学がこれほどの大激論の種になることが私に前もってわかっていたら、絶対にこんなものなど発見しなかったろうに」と言ったそうです。
このようにボーアは議論好きではありますが、普段は穏和で謙虚な人柄はみんなに愛されました。特にボーアは若くて自分を遠慮なく批判する人物を大事にしました。例えばハイゼンベルクを自分の研究所に呼んだきっかけも、彼が自分の講演に対して反対意見を述べたのがきっかけで、さらにロスアラモス研究所の顧問をしていた時も、「無茶なら無茶だと平気で言えるのは、あいつだけだ」とファインマンをわざわざ自分の部屋に呼んでいます。
そんなボーアも弟ハラルドの友人である数学者の妹マルガレーテと結婚します。その後2人は6人の男の子を授かり、四男のオーアはノーベル賞を受賞した物理学者になっています。その後1962年にボーアは心不全により亡くなりました。

ボーアがノーベル賞を取った理論

ボーアがノーベル賞を取った理論

ボーアがノーベル賞を取った理論とは、電子が回ることが できる軌道は、「とびとびの値」の半径に限られているという理論です。例えば原子は、原子核のまわりを電子が回っているという地球と月の関係のように考えられていました。これは量子論以前の「古典物理学」と呼ばれるものです。しかし新たに発見された結果を、古典物理学で説明しようとすると、矛盾が発生します。その矛盾を解消するために、ボーアは電子が回ることが できる軌道は、「とびとびの値」の半径に限られるという仮説を提唱しました。「とびとびの値」とは例えば、坂道を上ろうとする時は、下からから何センチの高さの位置でも立つことができますが、階段であれば決められた高さの位置しか選ぶことができません。このようにマクロの古典力学の世界ではどこにいようと自由ですが、ミクロの量子理学の世界では「決められたとびとびの値」しか許されないのです。これがボーアのノーベル賞を取った理論となりました。

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